Apollonneo’s blog

読書感想文、自然体験談多し

三つ巴の恐怖

喧嘩の仲裁などするものではない。

河合隼雄ですら、両者の話を聞くに徹し、意見は言わないことだ、と述べている。

 

店で起こったトラブルは、表へ出てやってくれ!と言うくらいがちょうどいい。

あとは、公安なり何なりがやってくるだろう。

関わらないことだ。

 

三つ巴が最悪で、良いアドバイス裏目に出るなんてのがある。

あるいは、アドバイスした人間が両者から叩かれるなどサンドバッグ・・・ゴミ箱のように扱われる、なんてのもある。

怒りのエネルギーが渦巻いているようなもので、エネルギーの排泄口を誰かがやらないといけない、見苦しい展開でもあろう。

 

なお、仲裁をやってはいけない人間は…耐えられないヤツ、(やたら)良いアドバイスしたがるヤツ、思考のまとまりがないヤツ、感情が発火しやすいヤツ…その他くらいか?

 

悪手中の悪手はアルコールやドラッグ入って仲裁なんてのだ。仲裁者の理性が剥けて本能丸出しだから。

また、仲裁頼む人間もどうかしてるわけで、アルコールで思考がまとまらなくなる…目が据わる…など、それが分かっていて話を持ってくるのは、余程の酔狂者か、確信犯、甘えがある人間か?

スリル目当ての楽しみで仲裁頼むヤツもいる。

 

まぁ、1番損するのは…尻拭いするのはアルコールやドラッグやって、感情爆発させた仲裁者だろう。

悪くいえばガードが甘い。お人好し。

 

(´・ω・`)「アイツは酒が入るとおかしくなるからよそう」

が、トラブルが回避出来るのであり、面白半分で近寄るから、おかしなことになる。

いや・・・おかしくしている。

ある程度の喧嘩や大声はストレス発散にもなる。

まして、罪を被せられるんだから、やらせる方は余程罪作りな人間だろう。

 

ポンニチでは残念ながら騒いだ人間が「悪」とされる。

原因は不問なのが常だ。

因果関係や複雑さを嫌う傾向があると森さんはいう。

だけど、エンガチョではないが…誰かをだしにしてスケープゴートになってもらう文化でもあるから、俯瞰してみたら周りにはどれほどの共犯者がいるか?驚くものだ。

 

この手の暴力はポンニチでは実に多い。