Apollonneo’s blog

読書感想文、自然体験談多し

宗教について

※宗教・科学技術について素人が語ります。

「これは下らん」と思われたら即座にお帰りください。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はどちらかといえば、超能力などは「技術的なモノ」と捉えている。

超能力を使えるから尊師を拝み出すのではなく、使える人間は実を言うとそこら辺に転がっていると思う。

 

運動神経がいい悪いみたいに。

文武がダメでようやく今の仕事を持つ私が言うのもなんだけど。

 

釈迦の弟子が超能力を使ったのを叱ったのと同じように、超感覚や能力は修行の過程で出てくる副産物に過ぎない。

修行するぞ!修行するぞ!修行するぞ!

 

原始仏教では釈迦は当初バラモン(?)僧だったようだ。

古代宗教家は祈祷、医術、薬術などをしていた。

古代、宗教家は世界でそういう傾向がある。

 

プラセボではないが、パフォーマンスも医術には必要で、その言動が患者に魔術的な効果・・・暗示や呪いによりセラピーに使われたようだ。

中医学に、五臓に神が宿るというが「神≒心」だとしたら、目標の臓腑に「言い聞かせる」というのも必要だったのかもしれない。

 

神話というのはどこはか原始的な感じがする。

遠いむかしの人が、あの果てにある島を指さして常世と言ったのは、交通手段がなくて行き来がなかったからだろう。

 

亡くなればあそこに行く、と言えた時代だ。

いまは地球儀もあればネットもある。

バチバチと正誤をハッキリさせる情報もある。